タイトル:自然人 2017 秋 No.54 電子ブック【サンプル版】

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概要

自然人 2017 秋 No.54 を抜粋した電子ブックのサンプルです。

TAKIGAHARA CAFEは9時~16時に営業。床の滝ヶ原石は、東京のブルーボトルコーヒー品川カフェの床などでも使われている4「滝ヶ原石」と浮石質凝灰岩の「観かな音が下そして重宝されてきた。緑色凝灰岩の灰かい岩がんは古くから生活用具や建築材とあった。さらに、小松で採掘されるぎ凝ょうの勾まが玉たまが発掘され、加工用の道具もは弥生時代の碧へき玉ぎょく※の管くだ玉たまやヒスイ古く、小松市内の八日市地方遺跡で産地」であるからだろう。その歴史はいているのか。最大の理由は「石の名そもそもなぜ小松に石文化が根付ます」(山下さん)。に応じて30分?3時間まで応じていですが、個人でもOK。時間はご要望い、「わりと年配の方々の団体が中心てツアー参加者が増加しているとい実施。日本遺産の認定が追い風となっに着目し、これらをめぐるツアーを在するアーチ型の石橋や石切場など自然学校では、滝ヶ原で5カ所に点るツアーを体験した。もともと里山協力いただき、石の見どころをめぐ用されているという。拡張され、現在も生活道路として使魅入られる。昭和25年(1950)に城ラピュタ』のラピュタ城を思わせ、と石の重厚感が、まるで映画『天空の役で使われている。周囲を覆う植物造りの見事なアーチ型橋で、今も現校のすぐそばにある西山橋(1)。石最初に向かったのが、里山自然学????????????????????????※碧玉…宝石の一種。青色または緑色の玉。化だったといえる。松にとって欠かせない産業であり文されるなど高い品質を誇る。石は小れ、後者は国会議事堂などにも活用石いし」がそれぞれの特性に応じて使わ我山橋は中心部が薄く、生活道路としてかけられたと推測される3目から見てもその規模がよく分かる。させる。危険なため近づけないが、遠が広がり、古代ギリシャの神殿を想起中に穴が開いたかのような異様な光景崩落し、以来閉鎖されたという。山のされていたが、昭和30年ごろに一部が間(1830?1843)から石が採掘るのが西山石切場跡(2)で、天保年そのまま歩みを進めると見えてく本山石切丁場の中は一年中ほぼ15℃で保たれているそうで、ここで採掘される滝ヶ原石は堅牢で風化に強い5がりで、金?月曜のみの営業ながら原石をあしらってあるモダンな仕上E」(4)。古民家を改装し、床に滝ヶるのが「TAKIGAHARACAFら、住宅街に差しかかると見えてくその後、我が山やま橋(3)を経由してか????????????????????11